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相変わらず不安の中で生きている。ただ無心になりたくて、暮しに集中する。意外とそれは、忘れることもできるのだ。
いざとなったら死のうと思う。20年前から、そう思っている。そして死ぬまで僕はそう思い続けるだろう。
さらばきさらぎ、2006。
[2006-02-28]
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青白くちらちらする光を放ちながら、ブラウン管がゆっくりと目を覚ます。真空管がのろのろと、いやいやするかのように熱を蓄え始める。
すると怪しげな男が猛スピードで走ってきて、その実験室の扉を突き破る。
[2006-02-27]
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(休憩)
[2006-02-26]
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生活は情熱だ。そんな具合に僕は生活する。目に見えているのは情熱が僕を破滅させること。
夜、有酸素運動60分。目白通りから山手通りへ、初台あたりまで一気に南下。
[2006-02-25]
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日本製紙の洋紙展示会へ、東京国際フォーラム。雑誌、書籍用紙がその殆どだったけど、それにしてもいろんな紙があるんだなぁ、と営業担当氏に案内されながら無邪気にはしゃぐワタクシ。昨今はやりの「フリーペーパー用紙」なんてのもあって、思わず吹き出してしまったよ。
[2006-02-24]
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ユカワへ。俺にとっての創作活動とは飯を食ったり酒を飲んだりするのと同様、極自然な日常の営為なんだ。だけど今はそれを音に昇華できないムード。ライブは暫く止めにして、またゼロから何かを産み出そうとするあのモードを追いかけてみないか?
それにしても重信房子とは何だったのか。共産党宣言とは何だったのか。そして世界革命とは、一体何だったのか。
[2006-02-23]
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狂気が創造に力を与え、創造が狂気から芸術家を救う。
相変わらず不安と恐怖の中で暮らしている。そして今夜も、イメージ化療法を施して自らを慰める。右脳が即座に呼応してくれるのが唯一の救いだな。
[2006-02-22]
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例えば「AならB、BならC」「AのためにはB、BのためにはC」という演繹的、帰納的思考能力に差がない場合、人の考え、行動を左右するのは「出発点Aとして何を選ぶか」だろう。そして何を選ぶかはその人の情操が決めるのだ。情操が浅い人はAを選ぶとき対症療法的に判断する。そして深い情操の源泉は生死の観念であり、孤独の解釈如何であることは間違いない。
【情操】
感情のうち、道徳的・芸術的・宗教的など文化的・社会的価値を具えた複雑で高次なもの。(広辞苑第五版)
[2006-02-21]
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青空文庫。著作権切れ文学作品の電子化に取り組んでいるサイト。各作品のソースを見ると、XHTML1.1&Dublin Core metadataで記述されている。素晴らしい。
帰宅すると我が家のありとあらゆる鍋にシチューやら煮物やら。どうやら母は帰ったようだ。
[2006-02-20]
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(休憩)
[2006-02-19]
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早めに起床して母と共に築地市場へ。魚などを買い求める。
夕刻、加藤(弟)夫妻来客。楽しい宴。
[2006-02-18]
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母上京。深夜へとへとになって帰宅すると自動的にビールやら手料理やらが差し出され…あぁ、楽ちん。
[2006-02-17]
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情緒的空間には必ず死角がある。例えば、爆音を鳴らしながら何も伝わらない下北沢のライブハウスで、僕。
完璧な対話者。きっと君は完璧な音響効果、共鳴効果を僕にもたらせてくれるはずだ。
今夜も僕は君を探している。
[2006-02-16]
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---太古のすがた、そのままの蒼空(あおぞら)。みんなも、この蒼空にだまされぬがいい。これほど人間に酷薄(こくはく)なすがたがないのだ。おまえは、私に一箇の銅貨をさえ与えたことがなかった。おれは死ぬるともおまえを拝まぬ。歯をみがき、洗顔し、そのつぎに縁側の籐椅子(とういす)に寝て、家人の洗濯の様をだまって見ていた。盥(たらい)の水が、庭のくろ土にこぼれ、流れる。音もなく這(は)い流れるのだ。水到りて渠(きょ)成る。このような小説があったなら、千年万年たっても、生きて居る。人工の極致と私は呼ぶ。---
高校生の頃に読んだ太宰治『めくら草紙』の冒頭だ。瞬間、俺は震えた。意味はさっぱり分からなかったけど。
あの日から幾星霜、真実とはとても刹那的なものだと確信する。
[2006-02-15]
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XML,XSLT,XPath,SVG,XML Schema,SAX,XSL-FO,XLink,SOAP,RDF,OWL,.NET,XHTML Basic…謎の記号群がぬらりひょんの様に僕を追い詰める。
仕事帰り、FさんとN.Y.Bar。彼女の理路整然とした語り口を無意識裏にマークアップし構造化しようとする僕…という夢を見る。病気。
[2006-02-14]
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夢。僕は赤道直下のシンガポール市街を無目的的に歩いている。やがて激しい喉の乾きに我慢できなくなって薄汚い屋台へ、タイガービールの大瓶を一息に飲み干す。少し気分が良くなって再び灼熱のアスファルトの上に立つと、目前にサイケデリックなモスクが建っている。吸い込まれるように中へ入ると、礼拝者たちの眼球が一斉に同じ角度で僕を捉える。
夢。僕はマイナス30度のイルクーツク駅の待合室で凍えながらラスコー・リニコフのことを想っている。やがて腹が減ってそんなことなどどうでも良くなって、飲食店を探し始める。しかしどの店もニエット!ニエット!と甲高い声を繰り返すばかりでなかなか食べ物にありつけない。そういえばドストエフスキーの小説に出てくる主人公は皆一様に若くて、金が無くて、友達がいなくて、話し相手がいないのだ。
[2006-02-13]
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寒い寒い。洗濯物を干すにも気合いが必要だ。
じわじわと創作モード。しかし全く閃かず、本日も運指練習に終始。
薄暮して、新宿へ。東急ハンズでキッチン周りの小物数点を購入。最近、日常用品をあれこれ選ぶのがとっても楽しい。
その足で新宿三丁目、Bar BOX。酒他愛。
[2006-02-12]
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ユカワとのセッションに向けて曲を創り始める。しかし全く閃かず、運指練習に終始する。
俺が最近全然ダメだとぼやくと奴から世界最凶にダメですぅ、という返信。負けた...
[2006-02-11]
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衝動的に花束を購入する。何となく心が荒んでしまっているような気がしてさ。
帰宅して早速生けてみる。いい感じだ。だけど数日後には枯れてしまうんだな。
春よ、来い。
[2006-02-10]
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我々の不幸の殆ど全ては、我々が自分の部屋に留まっていることが出来ないことに起因する
___Blaise Pascal
僕は「孤独」という言葉を多用する。くぅ、残念...(波田陽区張り)。ほんとはね、そんな言葉など使わずにそれをデッサンしたいんだ。
[2006-02-09]
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帰宅すると「長らくお世話になりました」という妹からの置手紙。一抹の寂寥感を覚える。
この一ヶ月、静かな心遣いがいとをかし、な共同生活だった。僕も彼女も声高に主張することを好まない性分なので、尚更良く分かる。
異国の地にあって日々大変だと思うけど、これからもお互い好き勝手やろうよ。
[2006-02-08]
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成り立たぬ存在と、
終わり無き昏迷と。
枝から離れた木の葉の様に
ただ、朽ちていくのを待つのみか。
仕事帰り、南新宿ギャラリーZ。そのリテラルが見当たらない。今や人間の条件は、死ぬまで生きても揃わない、という制約なのか。
[2006-02-07]
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悲しみは感覚を鋭敏にする。しかし鋭敏な感覚が、僕を悲しくさせる。
[2006-02-06]
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ストイックに生きたい。だらしなく太った資本主義のブタに成り下がる位なら、死んだ方が増しだ。
Bar BOX。ELBOWの新譜を聴く。素晴らしい音楽。
[2006-02-05]
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映画「青い車」を観る。とてもデリケートな物語。岩井俊二の「リリィ・シュシュのすべて」を想起させる。そのサントラは今でも僕の愛聴盤だ。そして不意に鮎川信夫の詩句が頭をよぎる、「君の胸の傷口は、今でもまだ痛むか」。
[2006-02-04]
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夜。冷たい雨降りしきる都市のプラットフォームに狂詩曲。ヘクサコードの半音に、わずかにしがみつくあえかな光。
僕は一体、どこへ行かないのか。
[2006-02-03]
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引き続きPAGE2006。本日は「ブログとクロスメディアとロングテールとビジネスの幸せな関係」という広告系セミナーに参加する。就中Google日本の広告担当氏による「Advertising 2.0」というテーゼ解説が面白かった。そしてここでもブログが新たなプラットフォームとして認識されていた。明治時代から連綿として続いてきたマスという概念が崩れ始めている、という訳だ。
しかしなかなか咀嚼できない。Googleは人類の知の全てを手中にすることを目指しているという。ん〜、個人的には欲しい情報がなかなか見つからず、的はずれなブログばかりヒットしてイライラすることしきり、なんだけど。そういう意味では「セマンティックWeb」という考え方は素晴らしいと思う。最近話題のWeb 2.0なんて、一昔前にもてはやされて何となく消滅した「マルチメディア」みたいで何か怪しいよなぁ。
コンテンツ不在なままだらしなく肥え太る電子メディアに、有酸素運動60分をお勧めする。
[2006-02-02]
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きさらぎ、月立ち。えいやと気分を入れ替える。暫くは自ら心のケアに努めなければならないだろうが、こんなの慣れっこだ。
午前中、JAGAT主催のPAGE2006へ。展示会はつまらないので「電子メディア最新動向」というセミナーを受講する。ブログとかはてなダイアリーとかmixiとか.....まぁそんなものはどうでもよいのだが、本を読むのが辛い高齢者向けの書籍読み上げツールのプレゼンが面白かった。モニターに映し出された「羅生門」のテキストを、即時に解析してちゃんと音声化してたよ。
そうそう、このモノローグを「ヨシダさんのブログ」と言う人がいるけれど、ここはブログではありません。ちゃんとhtml記述してます。
[2006-02-01]
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